孤夢走の自転車行脚

孤夢走がひとり気ままに自転車行脚の旅、どんな出会いが待っているか、その足跡をブログにしたためていきます。

超奇跡の出会いに感動

こんな事が起きるのか皆さん聞いて下さい。

時遡る事47年私の大学時代、縁あって尺八部なる邦楽の世界に足を踏み入れていた。私の一つ後輩に寺原功がいた。3年間クラブ活動や酒活動で学生時代を共に謳歌していた。そして、私は卒業し就職しそして退職し現在に至った。

この間、この後輩とは連絡も取らず全くの音信不通であった。私は今回の西日本の旅をするに際し、折角、九州に行くのだから寺原に会いたいなと思い、大昔の資料から住所をメモし一昨日の4月18日彼の住む延岡市の住所を訪ねた。しかし、その住所地には住所番号が存在していなかった。そこで近くを歩く人に聞いたのだが、余りに古い話なので結局分からなかった。

その時、私の頭の中に天からお告げが来たような感覚で、「彼は学校の先生になって退職したのだから、退職すれば公民館の仕事をしているかもしれない。近くの公民館へ行こう。」そしてそこから一番近くの公民館を探し出掛けた。公民館の前に着くと2人の婦人が帰りがけにおしゃべりをしていたので尋ねた。「すみませんこの公民館の館長さんは元は学校の先生ですか」と尋ねると艦長は地元の人で今は入院していない、とのこと。続けて「私今自転車で旅をしていて近くの桜園町に昔住んでいた人を探していて寺原というのですが、知りませんか。」と尋ねると婦人は寺原印刷ですか?の返事、私は彼の家が印刷屋とは聞かされていなかったので、それは分かりませんが、元学校の先生をしていたと言うと「寺原功」と突然探している本人名前が飛び出し、驚愕‼️何故その名前を知ってるか尋ねるとその印刷屋の兄姉を知っており当然先生になった彼も知っていたのだ。その瞬間、余りの超奇跡の出会いに呆然とした。少しでも時間が違えば、婦人は立ち去っている。婦人が言うには、いつもなら仕事をしているのだが、たまたま今日は公民館に来たと言う。全ての偶然が重なり出会ったのだ。そして婦人は携帯で親戚関係者に連絡をとってくれて、近くの婦人宅で連絡を待つこと15分程やっと寺原の電話番号を教えていただき電話をかけるた。聞こえてきた声のトーンは昔聞いたあの声で間違いない。私の気持ちはたちまち47年前にタイムスリップ、そして次の日、彼の家に泊めていただき47年ぶりの再会の杯を交わすこととなった。夜遅くまで話は尽きない。本当にこんな超奇跡の出会いがあるなんて感慨無量でした。

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